2014年03月10日

R 鹿児島・熊本・長崎の旅2014vol.3【1日目】鹿児島市内西郷隆盛史跡めぐり



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年2月28日
公益財団法人 荘内南洲会主催の研修旅行『明治維新の先賢に学ぶ旅』【1日目】
『維新ふるさと館』を出てから、鹿児島市内の至る所にある西郷隆盛先生の史跡めぐりをしました。

こちらは、鹿児島市内にある西郷隆盛先生の軍服姿の銅像です。
これも、かなり巨大な銅像です。

西郷先生の生前の写真は、未だに1枚も見つかっていないということで、銅像のお顔は、それぞれに違うのが特徴です。




こちらは、西郷隆盛先生の生誕の地です。

『西郷先生生誕の地』西郷先生は、文政10年(1827年)12月7日に誕生しました。
誕生の下加冶屋町は、75戸の下級武士の街で、大久保利通、西郷従道、大山巌、東郷平八郎など多くの英傑を輩出されています。
<公益財団法人 荘内南洲会資料より>






このように、鹿児島市内には、偉人生誕の地がたくさんあります。
まさに、偉人のまちですね!

私個人的には、大久保利通の生誕の地と大久保利通の像へ、一度行ってみたいのですが・・・荘内南洲会の研修旅行では、無理でしょうか?





続いて、『南洲神社』の拝殿にて、正式参拝をさせていただきました。

拝殿内にあるこちらの銅像は、西郷先生生誕180年を記念して建てられたものです。
西郷先生のひ孫にあたる陶芸家/西郷隆文氏の作品です。

後ろにあるのは、西郷家の家紋なのですが、元々は、「抱き菊の葉に菊」であったそうですが、天皇家が菊の紋を使われているのだからと言って、自ら真ん中にあった菊を取り、「抱き菊の葉」だけの紋にしたというお話しをバスガイドさんからお聞きしました。

謙虚な西郷先生らしいエピソードとして残されています。





境内には、西南戦争で命を落とされた方々の名前が刻まれてありました。

「山形県」伴 兼之、榊原政治とありますが、この二名は、庄内藩士です。




墓地の方へも参拝させていただきました。
こちらは、西郷先生の墓石の正面に刻まれていた家紋です。
これが、菊が入っている西郷家元々の家紋「抱き菊の葉に菊」です。




こちらが庄内藩士二名の墓です。
写真右/伴 兼之 明治10年3月20日、肥後植木にて戦没(享年20歳)
写真左/榊原 政治 明治10年5月10日、延岡病院にて戦没(享年18歳)

明治8年他藩士ながら特に私学校入学を許されました。
西南の役が起こると帰国するよう説得されたが、敢えて従軍し、戦死しました。

この墓石の上の部分の形が違いますが、これには、意味があるのだそうです。
右のように尖っているのは、戦場で即死した場合の形状なのだそうです。
墓石の形の意味も、バスガイドさんから教えていただきました。

今年のバスガイドさんは、とても物知りで、ガイドのプロフェッショナル!という素晴しい方でした。
私は、今回が2度目の鹿児島観光でしたが、新しいことをたくさん教えていただきました。
実は、ここに書き切れないほど、たくさんのことを学ばせていただきました。




二人のお墓の間の向こうに小さな椿の苗木があります。
これは、昨年、鶴岡の『庄内藩校 致道館』敷地内にある「きんぎょ椿」の幼木を植樹させていただいたものです。

ちゃんと根付いていたので、とても嬉しかったです♪
今年は、肥料をまいてきました。

この庄内藩士二名は、『庄内藩校 致道館』で学び、鍛えぬいたエリートだったのです!
学び舎にあった「きんぎょ椿」をお墓のそばに植えてもらい、きっと喜んでいらっしゃるだろうと思います。
この「きんぎょ椿」の花は、何年くらいしたら咲くのでしょうか?
いつかこの「きんぎょ椿」が花咲くことを祈っています。そして、その花を生で見られたら嬉しいですね。

この素晴しい計らいをして下さった鶴岡の方に、心から感謝を申し上げます。




南洲神社で、初めて大久保利通の書を拝見しました。
雅号が、『甲東』であることも、初めて知りました。

先ほどの偉人生誕の地マップを思い出しました。
大久保利通の誕生の地は、西郷先生の生誕の地とは、『甲突川』を挟んだ向こう岸にありました。
そこから、『甲東』という雅号にしたのかな?と推察します。

もう少し、大久保利通のことを知りたいと思っています。




こちらは、『勝 海舟』の歌碑です。
勝 海舟が、私学校生徒に身を委ね生涯を閉じた西郷先生のために詠んだものです。

ぬれぎぬを
干そうともせず
子供らが
なすがまにまに
果てし君かな

勝 海舟




こちらは、『南洲神社』の側にある『西郷南洲顕彰館』です。

『西郷南洲顕彰館』昭和52年に迎えた大西郷百年祭の記念事業として、南洲翁を敬慕する20数万人の人々の浄財により建設されたものです。昭和53年7月より鹿児島市立となり、公益財団法人 西郷南洲顕彰会が管理を受託しています。
 顕彰館には、西郷先生の遺品、遺墨、キヨソネの描かれた絵画などが展示されております。
<公益財団法人 荘内南洲会資料より>






城山へバスで移動し、『史跡 西郷隆盛洞窟』を見学しました。

西南の役に西郷先生は、約370名と共にこの地に帰り本営とする。
先生は、9月19日〜24日まで政府軍5万人の猛攻を受けながら、この洞窟で過ごされた。
明治10年9月24日、午前4時に政府軍の城山総攻撃が始まったと言われています。
城山に立てこもる薩摩兵士は、僅か300余名です。これを囲む政府軍は何重もの柵をめぐらし、その数4万以上です。死を決した西郷先生達は、夜明けを待って、5日間過ごしたこの洞窟を出ました。
 桐野利秋、別府晋介、村田新八、池上四郎といった私学校の幹部達も一緒です。この日の西郷先生の出で立ちは、妻のイトさんが縫った縞の単衣に白い兵児帯です。
 ゆっくりと岩崎谷を下ります。その時、流れ弾が西郷先生の股と腹部に被弾します。そこで、西郷先生は、正座してはるか皇居を拝して「晋ドンもうここらでよか」と別府晋介の介錯を願いました。午前7時頃と言われます。
 西郷先生50歳の生涯が閉じられました。
<公益財団法人 荘内南洲会の資料より>





バスの車窓から撮影した『西郷隆盛終焉の地』の石碑です。
バスの社内から、みんなで手を合わせました。




続いて、『武屋敷』へ向いました。

『武屋敷』西郷先生の自宅跡で、現在は公園となっております。庄内の南洲神社と同じ『徳の交わり像』があります。
明治3年から8年にかけ、荘内藩旧藩主はじめ旧藩士が6次に亘りこの武屋敷を訪れ、西郷先生の教えをいただいております。
<公益財団法人 荘内南洲会の資料より>





『徳の交わり像』建立のいきさつか書かれてありました。




『鹿児島市武中学校』と『鶴岡市鶴岡第二中学校』との『兄弟校盟約之碑』を発見しました!
鹿児島と庄内のつながりは、いろいろと広がっていることを知り、嬉しく思いました。




園内には、立派な椿の木があり、白い椿の中に赤い椿が混ざって咲いているのを発見して驚きました。
今もなお、武屋敷に住んでいた人々の思いが命の花を咲かせているように見えました。





こちらは、『クロガネモチ』という「金持ち」に通じる縁起木です。

東北では見かけない木ですが、篤姫様は、この木が大好きだったそうです。





こちらは、西郷先生が使用された井戸です。

明治6年(1873)11月からの約4年間この屋敷で生活された際の、朝夕の洗面、行水などはもちろん、庭先の盆栽、花園への散水や、屋敷一面の畑への給水もすべて、この井戸を使われました。また、自作の野菜などもすべてこの井戸で、西郷先生自ら洗われたことなどを思えば、感慨もひとしおです。




バスの中から、『坂本龍馬新婚の旅の碑』を撮影しました!
坂本龍馬夫妻が、日本で初めて新婚旅行をした夫婦として有名ですよね!

これにて、【1日目】の見学スケジュールは終了しました!
11時半に鹿児島空港に着いてから、これだけ見学させていただいたわけなので、かなりハードスケジュールでした!
しかし、私は、今回が2回目の参加ということで、かなり頭の中で整理ができるようになっていました。

やはり、「知れば知るほど、歴史は面白い!」ということがわかります。
新たな発見がたくさんありました!


今回、この研修旅行に参加したかったけれど、いろいろな理由で、参加できなかった方々がたくさんいます。
私も、仕事が忙しく、参加は正直きつかったのですが、やはり参加させていただいて、よかったと思います。
仕事も大事ですが、自分の性格上、根詰めてしまうところがありますので、全く別の環境に身を置いて、リフレッシュさせていただいたおかげで、己の命をつなぐことができたように思います。
参加させて頂けたことに感謝をして、参加できなかったみなさまのためにも、研修旅行のご報告をブログでさせていただきたいと思っております。

相変わらず、Ricoママは、天然キャラ全開でした!
「PM25だば、やだの!」と言うので、ビックリ!
「お母さん、25でねぐ、2.5ださげの!単位まぢげっださげ!」と私。
天然ボケ&ツッコミ珍道中でした〜♪(笑)


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