2014年03月16日

R 熊本・長崎・鹿児島の旅2014vol.7【3日目】三角西港・天草・雲仙温泉



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年3月2日
公益財団法人 荘内南洲会主催の研修旅行【3日目】

熊本市の『丸小ホテル』での朝食です!朝からごっつぉですのぉ!

昨夜の米とは、また違う種類で、小粒のお米でした。
庄内米に食べ慣れてしまっているので、外へでると、いろんなお米があることを知る事ができますね!

お世話になったホテルを出発して、『三角(みすみ)西港』へ向いました。




その途中、熊本県宇土市新開町の粟島神社にバスで通りかかると、偶然に、3月1〜3日の3日間だけ行われているミニ鳥居くぐりのお祭りをやっていました。
敏腕バスガイドさんが、機転をきかせ、「これは、神様がみなさんをお呼びになられたということですから、みなさん、ちょっと寄って行きませんか?」と勧めて下さいました。

昨日の雨のおかげで、さわやかな朝だったので、寄ってみましょうということになりました。






狛犬像なのですが、こちらの狛犬は、口を開けている方は、鞠を抑え、口を閉じている方は、子どもを抱えているというのが特徴のようです。
雄雌の違いなのでしょうか?





まずは、無病息災を願いながら、参拝し、お払いをしていただきました。





その後、境内に並ぶミニ鳥居の内側約30cm四方のところを参拝者は、身体をよじらせながらくぐります。





肩が入れば、女性はまず楽勝で通れます。icon22
これで、『満願成就!無病息災!』ヤッター!




秋田県からツアーに参加された男性は、腰がはまり抜け出せないとギャーギャーと大騒ぎ!kao10
身体を回転させながらくぐると抜けることができましたが、やはり、一瞬あせりますよね!(笑)

みんなで、朝からゲラゲラ大笑いして、楽しかったです♪
こういう体験をすると、本当に御利益があるだろうと感じますね!
旅行プランにはないサプライズな出来事だっただけに、とても嬉しい体験となりました。





バスの車窓から、満潮の有明海をパチリ!
よく見ると、電柱が海の中にたくさん立っています。その周りには、船がたくさん浮かんでいます。

干潮時になると、この電柱のあるところに、道路が出現して、トラックが往来するのだそうです。

日本海では決して見ることのない光景を見て、面白いと思いました。





前日の雨が、PM2.5のモヤモヤを綺麗に洗い流してくれました!icon01
有明海の向こうには、島原半島が見えました。
一番高いところが、平成新山でしょうか?
夜には、島原半島に渡り、雲仙温泉に宿泊できるというので、楽しみでした。





熊本県宇城市『三角(みすみ)西港』に到着しました!

三角西港は、明治三大築港の一つの言われ、明治17年から3カ年の歳月と県費30余万円をもって、明治政府から派遣されたオランダ人水理工師ムルドルの設計によって築港された。
明治20年8月開港後は、熊本県唯一の貿易港としてヨーロッパ風の町並みとともに繁栄。岸壁や水路は、1世紀を過ぎた現在も当時のままの姿を留めている。石積みの埠頭と水路、石橋は平成14年12月、国の重要文化財に指定された。平成21年には「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産として世界遺産暫定一覧表に記載された。<三角西港散策マップより>






『ムクドルハウス』(物産館)
三角西港の設計者ムクドルの名にちなんでつけられた三角町の物産館です。
ここで、お土産を買いましたよ〜!熊本県のお土産がたくさんありました。





『三角港築港記念館』(和欄館)(国登録有形文化財)
明治20年より荷役倉庫として使われていた土蔵造りの建物で、平成11年にレストランとして改装。





『浦島屋』
明治26年7月22日、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が長崎からの帰途立ち寄り、「夏の日の夢」と題する紀行文の舞台とした旅館である。平成5年に復元された。
現在は、お洒落なカフェ・レストランとして営業中でした!





『天草五橋』を渡ると、そこからは、『天草四郎』ワールドでした!
バスの車窓から、まずパチリ!





『天草メモリアルホール』に到着しました!
晴れ渡る青空に映えるとっても素敵なデザインの建物でした。

『天草メモリアルホール』
南蛮文化とキリスト教伝来の様子を映像などのメディアと資料で紹介する歴史テーマ館。天草四郎を中心とした天草・島原の乱は、自由平等を求めた戦いであったことを今に伝える立体映像やジオラマは、見る人の心を打ちます。<荘内南洲会資料より>






『天草四郎』
本名を益田四郎時貞といい、元和7年(1621年)江部村(現在の宇土市旭町江部)に生まれます。
父益田甚兵衛は、キリシタン(切支丹)大名小西名行長の元家臣で、小西家没落後、江部村で農業を営んでいた。家族ともに敬虔なキリシタン信徒でした。
 当時の天草・島原地方は、飢饉や重税とキリシタン弾圧に苦しみ、民衆の不満は頂点に達していました。
 その不満を抑えていたのが、慶長18年(1613年)マルコス宣教師が追放される時残した予言「25年後に神の子が出現して人々を救う。」人々は神の子の出現に懸けていたのです。
 予言にある25年目の寛永14年(1637年)長崎留学から帰った四郎が様々な奇跡を起こし、神の子の再来と噂されます。
四郎の熱心な説教は人々の心をとらえ、評判は、天草・島原一帯に広まり、遂には一揆の総大将に押し立てられるのであります。
 慶長6年(1601年)島津家主の寺沢広高が旧小西領だった天草を統治します。
 その際、領内の石高を定めますが、耕地面積に乏しい天草にとって、4万2千石というのは実情を無視した余りにも課題な数値でありました。
 寛永11年(1634年)から続いた大凶作の中でも年貢の取り立ては容赦ありません。生きたまま海に投げ込んだり、火あぶりの刑など想像を絶するキリシタンへの迫害でありました。
 このような過酷な徴税と弾圧に耐え切れずに、起こるべくして起きた一揆と宗教戦争が「天草・島原の乱」であります。
 寛永14年(1637年)10月、年貢納入期を前に農民が蜂起します。
呼応して天草でも一揆が起こり、島原半島に渡って島原勢と合流することになります。
 しかし、正規軍の幕府連合軍(12万人)と素人寄せ集め集団の一揆軍(3万7千人)、力の差は歴然。寛永15年(1638年)2月、島原城落城とともに一揆軍は全滅します。
 幕府軍にも8千人という死傷者を出して集結しました。
 いつの世も戦いの結末というものは悲惨であります。<荘内南洲会資料より>






こちらは、昼食会場となった『海遊の里・天草パールセンター』前の『天草四郎像』です。後ろに見えるのが、『天草五橋』です。
空から飛んで来た鳩が手に止まり、手のひらに卵を産んだという伝説にちなんで造られた姿ですね!
他にも、天草から伊島という島まで海上を歩いて渡ったとか、海が割れて道ができたとか・・・盲目の少女の目を治したとか・・・
カリスマ性を秘めた伝説の美少年として、今は、天草・島原地方の観光のシンボルとなっています。
至る所に、『天草四郎像』があります。グッズやお土産もいっぱいありました!
そういう意味では、やはりこの土地にとっては、救世主といえるのではないでしょうか?





昼食は、「舟盛定食大漁」でした!
鮮度のよいお刺身やサザエ、あさりたっぷりのお味噌汁は絶品でした!日本海のとれたての美味しさになじんでいる庄内人も大満足の味わいでした!
やっぱり港町はいいですのぉ〜!





『天草五橋(あまくさごきょう)』一帯は、真珠の養殖が盛んなことから、『天草パールライン』とも呼ばれています。

『海遊の里・天草パールセンター』では、パールコーナーもありました。
見るだけはタダですので、目の保養に、覗かせていただきました。
私がつけても、「豚に真珠かな?」と思いまして、買ってはきませんでした。icon10

その横に展示されていたこちらの『真珠御輿』にビックリしました!





びっしりと真珠が貼付いていました!
こんなセレブな御輿をワッショイなんて、とても怖くてできませんよね!
どうして、真珠で御輿を造ったのかが不思議でした!





島原・天草の乱後、信仰を奪われ、貧困にあえぐ天草を救おうと、渾身の努力を続け、命を賭けて幕府に挑んだ代官・鈴木重成と、兄の鈴木正三和尚、息子の二代目代官鈴木重辰公の像が建てられていました。





続いて向ったのが、『本渡殉教公園・天草キリシタン館』です。

公園内には、殉教戦千人塚、キリシタン墓地、天草キリシタン館があり、毎年殉教祭が催され、宗教を越えた御霊の供養が行われています。
 本渡城跡は、キリシタン天草種元が天正17年(1589年)の天草五党の乱で小西行長、加藤清正公に囲まれ領民とたてこもって滅びた居城です。<荘内南洲会資料より>


ここで一番驚いたのは、野外なのにエスカレーターが設置されてあったことです!
雪国では、とても考えられない光景ですよね!
天草には、全く雪が降らないのだそうです。
スノータイヤもいらないのか・・・いいなぁ〜。あ、そろそろタイヤ交換をしなければ!





梅の咲く公園のイエス様。
天草らしい光景ですね。




『アルメイダ記念碑』です。





『天草キリシタン館』前の『天草四郎像』です。
『美少年』ということですが、お顔がそれぞれに違うところが面白いところですね!
それぞれに思い描く『美少年』がこれだけ違うということですね!





『鬼池港』へ向かう途中に通りかかったお寺さんの階段です。
昔は、この階段に十字架が一段ずつ刻まれていて、キリシタン達をこの階段を登らせ、頂上までたどり着いたものは改宗したとみなし、登れない者には、残酷な拷問〜死が待っていたという悲惨な話しをバスガイドさんから教えてもらいました。

キリシタン大名/織田信長が暗殺されなければ、キリシタンの運命もちがっていたはずに違いありません。





キリシタンを改宗させた者にお地蔵様を造らせたら、こんなお地蔵様が出来上がったそうです。
なんとなく、あれ?という感じですよね。

現在、天草には、仏教徒が多いそうです。
キリシタンとは思われたくないということで、玄関のところに、一年中しめ縄を飾っている一般住宅がたくさん見かけられました。
天草=キリシタンと思われるのが嫌だという方もいらっしゃるという表れですから、気をつけなければなりませんね。





島原半島へフェリーで渡るために、『鬼池港』へ到着しました。
ここにも、ありました!『天草四郎像』!





フェリーに乗り、『鬼池港』〜『口之津港』まで約30分の乗船です。
船旅もいいものですね〜!
お天気がよくて気持ちいい〜!





私達がお世話になった南国交通観光のバスも、一緒にフェリーに乗っています!
バスごとフェリーに乗れるので、移動が楽チンです!
有明海は、波が穏やかだったので、船酔いの心配もありませんでした。





『口之津港』から、『雲仙温泉』へ向う途中に、『原城跡』発見!慌ててバスの中からシャッターを切ったので、ブレブレで、ごめんなさい。

『天草・島原の乱』で、篭城した『原城跡』はここだったんですね!
よくここまで、天草のキリシタンや農民達が集まったと感心します。
3万7千人の命がここで絶たれました。
その遺体に群がるハエの大群の塊は、対岸からも真っ黒に見えたそうです。

国内に、こんなに悲しい歴史があったとは…二度と繰り返さないためにも、風化させてはならないと思います。

地図で見るのと、実際に自分が移動してみるのとでは、感覚が全く違いますね!
やはり現場に足を運ぶということは、当時の人の心をリアルに感じることができます。





ようやく『雲仙温泉』に到着しました!
『温泉神社』を発見!
さすが、九州五大名湯の一つです。硫黄の匂いに包まれていました。





バスガイドさんから、雲仙『清七地獄』を案内してもらいました。
夕方で、日が傾き、冷たい風が吹き付ける中を歩くのは、とても一人では歩けない場所だと思いました。





『清七地獄』の案内板を読んでみると・・・

豊臣秀吉。徳川家康らの統一権力の時代に、キリスト教を禁じる政策がとられ、キリシタン禁制と呼ばれました。
江戸幕府は、キリストの絵を人々に踏ませる「踏み絵」をさせて信者を見つけ出し、この雲仙で、処刑しました。
 キリシタンで長崎に住む清七という男が捕らえられ、処刑されましたが、そのころにこの地獄が噴出したといわれ、この名がつけられました。


雲仙がキリシタンの処刑場所であったことを初めて知りました。
私が雲仙に対するイメージは、「雲仙普賢岳土石流」のニュースだけでしたので。
あの時は、仙台に住んでいて、集めた義援金を雲仙市へ送った記憶があります。





宿泊先は、雲仙温泉『ホテル東洋館』でした。
お部屋から見た眺めです。
おしどり池のグリーンが神秘的でした。





お楽しみの夕食です。
バスガイドさんから、「きっと今夜は、『具雑煮』がでると思います」と言われていた通りに、『具雑煮』がセッティングされてありました。(写真左上)
『具雑煮』とは、島原半島の郷土料理で、島原の乱で、原城篭城軍が、もちを兵糧して貯えさせ、いろいろな材料を集めて雑煮に入れて食べたことが起源になっています。
もちろん、当時は、こんなに豪華な『具雑煮』ではなかったと思いますが、それはさておき、美味しく楽しい宴を楽しませていただきました。






これに、御飯とお味噌汁、香の物、スイーツが付きました。
お腹いっぱい、美味しくいただける幸せをかみしめました。

名湯も楽しませていただき、お肌もつるつるになりました〜!
やっぱり温泉はいいのぉ〜!

旅行中は、睡眠時間もたっぷりとれて、お肌の状態も最高でした!
ああ、今日も寝不足でブログアップしてしまいました。icon10icon10icon10

旅レポはあともう少し!これは、己の修行だと思って、最後まで頑張ります!



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この記事へのコメント
島原の乱に天草四郎。
歴史の授業で習った程度の知識しかありません。
やっぱり歴史は、現地に行くべきですね。
色々な角度から知ることが出来て、面白いです。

しかし美味しそうな食事のオンパレードですね。
Posted by おがさわら at 2014年03月16日 22:26
>おがさわらさんへ
天草諸島や島原半島を実際に見て、田んぼ面積がないのに、米をおさめなければならないという矛盾を強く感じました。種もみまで、徴収されてしまう有様で、一揆は起こるべくして起こったということがよく分かりました。
その上に、キリシタン弾圧とは、天草四郎に希望を托すしかなかった苦しい農民の気持ちがなんとも痛々しかったです。
ない者から税をむしりとる・・・震災から3年目での消費税増税は、一体どうなのだろうと現実を考えさせられました。

旅の楽しみは、食べることです!美味しく頂きながら、ツアーのみなさまとの交流も楽しませていただきましたよ。
おかげで、体重が過去最高を記録しましたぁ〜!(汗)
Posted by RicoRico at 2014年03月17日 01:29
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