2012年04月11日

酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

西郷さんといえば、上野のイメージが強いですが・・・

こちらは、
酒田市『南洲神社』の西郷隆盛像です。

私の以前のブログでは、紹介しておりましたが、こちら、「んだ!ブログ」に引っ越ししてからは、取り上げていなかったので、アップさせていただきます。



酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

西郷隆盛像といっても、
酒田『南洲神社』の西郷さんは、座っておられます!

残念ながら、愛犬の「ツン」は、いません。




酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

しかも、こんな感じに、二人が向き合っている座像は、非常に珍しいと思います。

これが、有名な『徳の交わり』像です。
西郷隆盛先生と菅実秀先生が、対話しているという座像。




酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

西郷隆盛先生の寛大な処分のおかげで、庄内藩が救われたことが書かれてあります。
破れた敵方に対しても、思いやりを持った西郷先生って、どんな人物だったのでしょうか?
西郷隆盛先生と菅実秀先生とのお二人の対話がなされなかったら・・・おそらく現在の庄内は、全く違うものになっていたことでしょう。

ゴールデンウィークに、書家/岡本光平先生が率いる飛島・館岩踏査隊のみなさんと一緒に、財団法人 荘内南洲会(南洲会館)にお邪魔して、お話をお聞きしたいと思っています。

昨日は、その具体的なスケジュールを詰めるためにお伺いしたのですが、ご担当者が不在ということだったので、西郷さんにご挨拶だけして帰ってきました。



酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

水屋にも、しっかりと薩摩藩の家紋「丸に十の字」が刻まれています。




酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

南洲神社では、南洲先生(西郷隆盛)を奉っています。
庄内にとっては、南洲先生は、神様のような存在で、神社まで作ってしまうというという慕われ方が凄いと思います。
西南戦争では、庄内の二人の青年が薩摩軍と共に戦い、命を落としたそうです。それほど、西郷隆盛は、「南洲先生!南洲先生!」と旧庄内藩士たちから慕われていたといわれています。


敬天愛人けいてんあいじん

西郷隆盛が、好んでよく使った座右の銘で、「天を敬(うやま)い、人を愛すること」という意味で、直筆の書が、南洲会館にはたくさん保存されています。

致道博物館/書〜幕末明治に活躍した人びととの関わりについても、お話を聞かせていただきたいので、後日、南洲会館にお邪魔させていただきたいと思います。




酒田の西郷隆盛像!春の南洲神社へ行く2012の巻

こちらの南洲神社には、西郷隆盛を慕うたくさんの方々が日本全国から訪れていらっしゃいます。

私も含めて、地元の人間が知らなさすぎるのは、もったいないことだと感じています。



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この記事へのコメント
私はH19年に開業を決意して酒田に移住してから、毎年元朝詣りには南洲神社を訪れております。
地元の人で南洲神社のことを知っている人がどのくらいいるのでしょうね。
日和山の日枝神社の鳥居の文字も南洲翁によるもの。これも知らない人が多いでしょうね。
Posted by balaine at 2012年04月11日 03:28
知らない地元の人が多いみたいですね。
そういう私も、近年、歴史小説を読み始めて知りましたから。
「敬天愛人」なんて言葉も、知らない人が多いのでしょうね。
もったいない。
PS.私も昨年の秋にアップしました(笑
Posted by 松山のジョニー at 2012年04月11日 07:59
おはようございます^^
去年の夏に こちらとの縁があり6月鹿児島に行く予定でいます。
都城と沖永良部島と酒田にあるという『南州神社』ですが 
本家本元に行く よい機会かも・・と思って!
鹿児島の良いところたくさん吸収して来たいと思っていますよ♪
Posted by 若おかみ若おかみ at 2012年04月11日 10:02
今年の2月に鹿児島に行った際に、南洲神社にお参りしてきました。
庄内藩の方々のお墓もきちんと立ってて、お花も手向けられていてびっくりしました。
近くの売店の方が丁寧に説明してくれたんでも、なんせ鹿児島弁で半分しかわかんねけ
防災ネットワークで鹿児島の商店街の方々と繋がったのも、西郷さんのお導き

酒田の南洲神社を鹿児島の方が見て感動してました

是非、私も南洲神社の話しを聞きたいです。
Posted by 仏壇屋のおばちゃん♪ at 2012年04月11日 12:36
薩摩との繋がりは 常に心の奥底に感じていたいものだと思っています。 庄内人として・・・。


応援pp。
Posted by kokoko1965 at 2012年04月11日 18:06
>balaineさんへ
毎年初詣とは、恐れ入りましたm(_ _)m
「地元の人で南洲神社のことを知っている人がどのくらいいるのでしょうね」私も、全く知らずに育ちました!
歴史の授業で、どうして教えてくれなかったのか不思議でなりません!
西郷さんが、庄内にこれだけ大きな影響を残してくださった方だと知っていたら、もう少し、幕末明治の勉強に力が入っただろうと思います。

実は、昔、南洲会館で2度演奏依頼をいただいたことがあり、それがきっかけで、南洲神社の存在を知りました。
ご縁って、どんな形でいただくかわからないものですね!


>松山のジョニーさんへ
歴史小説を読まれているところが素晴らしいです!
「敬天愛人」という荘内日報社で発行されている読み物がありますが・・・どれだけの人が理解しているかは不明ですよね(^^;
ブログって、最近見始める方もいらっしゃるので、ぜひともまたジョニーさんのブログで取り上げて欲しいと思います。


>若おかみさんへ
日本には、4つの『南洲神社』があるのだそうです!(黒木先生から教えていただきました)
本家本元へ行けるチャンスは、貴重ですので、ぜひとも足を運んで、ブログアップして下さいね!
ちなみに、『南洲』には、さんずいが必要です!私も昔、間違えてましたので、気をつけるようにしています(^^;



>仏壇屋の姐さんへ
今年の2月に本家本元の『南洲神社』へ行ってこられたのですね!
庄内藩の方々のお墓って・・・神社の中にお墓もあるんですか!
不思議な感じがしますね(^^;

酒田の南洲神社の芳名帳を見ると、鹿児島の方がとても多いですよ!

興味がありましたら、私が、荘内南洲会の重鎮をご紹介いたしますよ!




>kokoko1965さんへ
意外にも、たくさんの方々が南洲神社に思いを寄せていらっしゃることをこのコメント欄で知ることができて、大変嬉しく思います。
庄内人として、知っておかねばならないことだと思います。
Posted by Rico at 2012年04月12日 01:35
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