2016年10月27日

R 『善寶寺開基 龍華妙達上人誕生1150年祭/龍王殿ご尊体ご開帳』



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2016年10月27日(木)
鶴岡の善寶寺さんで、10月28日(金)15:00までご開帳中の『龍王殿ご尊体』を拝見させていただきました。
この龍王殿は、善寶寺開基 龍華妙達上人誕生1150年を記念して、初めてご開帳されました。
今後、ご開帳される予定はないということでした。
大変、貴重な機会をいただいたことに感謝いたしました。





こちらが、記念のパンフレットです。
大変立派なもので、驚きました。





たまたまFacebookで知り合いになった阿部僧侶に詳しくご案内いただいたおかげで、善寶寺さんの素晴らしさをたくさん知ることができて、とてもありがたかったです。

学ばせていただいたことを山ほど書きたいところなのですが、現在、仕事やレコーディング準備と忙しいため、詳細レポは断念させていただきます。
すみません。。。

興味のある方は、最終日に駆け込んでいただきたいと願います。





こちらは、龍王殿の裏側です。普段、一般人は見ることができない光景です。





中庭です。





国指定有形文化財『山門(三門)』です。





国指定有形文化財『五重塔』です。





御朱印も頂いてまいりました。

左側が、善寶寺さんの御朱印で、『宝珠に龍の文字』の御朱印が押されてあります。
右側が、今回の特別ご開帳を記念した御朱印となります。

ご尊体に直接手を合わさせていただいていただいた御朱印というのは、誠にありがたいものですね。




いろんな種類のお守りがあったのですが、私の目に飛び込んできたのは、こちらの『職守』です。
お仕事のお守りということで、お財布に入れて持ち歩ける大きさだったのが気に入って購入させていただきました。




こちらは、お守りの裏側です。

現在の異常な忙しさの中、無事に頼まれ事をやり抜けられるようにと手を合わさせていただきました。
そして、YOSHIKO先生のCD制作を無事にやり遂げ、大ヒットを祈願させていただきました。

友達と8月から、10/27に約束していたこの善寶寺さんへの訪問でした。
直前に、急に忙しくなってしまったのですが、友達との約束は守らねば!と思い足を運ばせていただきました。
「行ってよかった!」と心から思いました。
忙しい時こそ、祈願させていただくことは、とても大事だと感じました。
「元気に楽しくいい仕事をするぞ!」と、気合いをいただきまして、誠にありがとうございました。合掌


<今日の俳句>
ご開帳 龍王殿 ありがたし


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Posted by Rico at 23:32Comments(2)御朱印帳寺院

2016年10月13日

R 羽黒山正善院黄金堂&於竹大日堂ご開帳/江戸時代の羽黒山と於竹大日如来展



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2016年10月10日(月・祝)
羽黒山正善院黄金堂『出羽三山大権現』と『於竹大日堂』がご開帳されているということで、参拝をさせていただきました。

こちらは、羽黒山正善院黄金堂の写真です。
鎌倉時代に源頼朝が建てた『出羽三山大権現』羽黒山・月山・湯殿山の神仏の姿とされている仏像三体がご開帳されていました。

黄金堂の中は、一周できる構造になっていて、この建物の中を一周すると出羽三山詣したのと同じご利益があると言われています。

『出羽三山大権現』以外にも、素晴らしい仏像がたくさんあり、とても見ごたえがありました。




こちらは、同じ境内にある『於竹大日堂』です。
江戸時代の創建以来の初のご開帳ということもあり、注目を浴びていました。

ここには、江戸時代、羽黒の手向地区で生まれた「お竹さん」という女性が祀られています。
お竹さんは、18歳で江戸へ行き、奉公人の鏡として評判となり、大日如来の生まれ変わりと言われ、江戸で、大人気の女性となりました。
お竹さんの錦絵(ブロマイド的なもの)も売られるほどのフィーバーぶりだったということでした。

この『於竹大日堂』では、「お竹さんのように立派な女性になりますように」とか、「いい従業員に恵まれますように」といったお願いをするとよいのだそうです。
また、お竹さんは、女性の味方ということで、女性の願いを叶えてくれるとも言われているそうです。

江戸時代に実際に生きた女性がこのように祀られているというところにとても興味を持ちました。
しかも、奉公人から大日如来の生き仏と言われるようになるまでのストーリーが面白いと思いました。




こちらは、『出羽三山大権現』羽黒山・月山・湯殿山の神仏の御朱印と『於竹大日如来』の御朱印です。
御朱印に使われている紙は、お竹さんの奉公先とゆかりのある『小津和紙』を使用されているそうです。
書家の方が書かれたような見事な御朱印に感激でした!
ありがたく、私の御朱印帳に貼らせていただきます。




羽黒山の『いでは文化記念館』では、『江戸時代の羽黒山と於竹大日如来展』が開催されていました。
中を拝見させていただくと、お竹さんの錦絵がたくさん展示してあり、江戸時代の庶民のお竹さんブームを楽しませていただきました。
これまで、『お竹さん』のことを全く知らなかっただけに、このご開帳は大変ありがたいと思いました。

ぜひ、この機会に多くの方々に、足を運んでいただきたいと思います。


<今日の俳句>
お竹さん 一大ブーム 江戸の町


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Posted by Rico at 23:59Comments(0)NEWS御朱印帳寺院

2015年08月24日

R 徳川家康公没後400年/羽黒山東照社『御神像 特別参拝』&特別御朱印



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2015年8月23日(日)
玉川寺さんの『朝坐禅会』が終了したのが、午前9時だったので、その足で、羽黒山山頂へ車で移動しました。




目的は、二ノ坂茶屋さんにいるYOSHIKO先生のご親戚の80代のおばあさんを尋ねてみることでした。
来月、羽黒の手向地区ふるさとセンターで開催される、手向のみなさんのお茶の間サロンに、ヴォーカル&エレクトーンユニットYOSHIKO&RICOをお招きいただいております。
お茶の間サロンにいつも参加されているYOSHIKO先生のご親戚の方は、二ノ坂茶屋へ毎日通ってご商売をされているということだったので、「今度、お伺いいたしますね!」と約束をしていました。
なので、二ノ坂茶屋はどの辺にあるのかと、案内図で調べてみました。
この写真の左側に「二ノ坂」「茶屋」と書かれてあります。
現在地の赤い点から見ると、すぐ近いのだということがわかって、行ってみることにしました。





ところが、急な石段をず〜っと下って行かなければならず、膝がガクガクしてきました!
下から上がってくる方々の「はぁはぁはぁはぁ〜」という苦しそうな息遣いを聞いているうちに、段々、私は無事に戻ってこれるのだろうか?と不安になってしまいました。
三ノ坂あたりで、ご年配の方に、「この先に茶屋はありましたか?」とお聞きしてみると、「この先、約15分くらいのところにありましたよ!そこで、力餅を食べると、通行手形みたいなのが貰えるみたいでしたよ!頑張って行って来て!」と背中を押されました。
しかし、私は、サンダル履きに、片側バッグという軽装だったので、このまま無理をして足に影響が出てはいけないと思い、途中で断念しました。
特に、今週、石巻で、エレクトーンを演奏する予定なので、筋肉痛でペダルが弾けなくなってしまっては困るので、取りやめました。
80代のおばあさんが、毎日通っている石段だからと、私は甘く見ていたことを反省!
こんなに過酷な場所で、毎日商いをされているということを尊敬しました!
二ノ坂茶屋の名物おばあさんというのも納得です!

9/16のお茶の間サロンで、二ノ坂茶屋のおばあさんにお会いできることを楽しみにしています♪
羽黒山の石段は、手強いですね!
おばあさんがお元気なうちに、リベンジしたいと思います!






羽黒山の至る所に『徳川家康公没後400年特別参拝』ののぼりが立っていました。
この写真の右側にある『東照社』の中にある徳川家康公の御神像が特別に御開帳されているということで、これは、絶対に見て帰らなければ!と、参拝をさせていただきました。





こちらが、そのチラシです。
公開期間は、2015年4月29日〜10月31日まで。
拝観料/200円
受付時間/8:00〜17:00




この東照社は、370年前に、第50代別当が、鶴岡城主/酒井忠勝に働きかけ社殿が寄進されました。
明治時代に東照宮は、東照社と改められ、現在の社殿は、昭和55年に解体復元されたものです。

徳川家康公の御神像の御開帳は、これが初めてだということで、参拝をさせていただけたことをありがたく思いました。
もちろん、御神像は撮影禁止です!
御神像の徳川家康公は、光り輝いており、古さを全く感じなかったことに驚きました!
大切に大切に扱われてきたということが伝わってきました。

戦国時代を生き抜いて、天下統一を果たした徳川家康公が、羽黒山でも祀られていることを今回の特別参拝で、初めて知りました。
こんなに貴重な機会はありませんので、ぜひ多くの方々にご覧いただきたいと思います。





そして、この特別参拝期間だけ発行される御朱印をいただいてまいりました。
御朱印を集めていらっしゃるみなさま!この機会を見逃してはなりませんよ!!





私のもう一つの御朱印帳に貼ってみたら、なんということでしょう!戦国武将/加藤清正公が祀られている天澤寺の御朱印が隣でした!
どちらも、鶴岡でいただいた御朱印です。
御朱印を集めはじめて、まだ一年経っておりませんが、こうして眺めてみると、不思議な巡り合わせを感じてしまいます。
羽黒山へ立ち寄って、本当によかったと思いました。



<今日の俳句>
家康公 光り輝く 羽黒山


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Posted by Rico at 23:41Comments(4)御朱印帳寺院

2015年08月22日

R 平成27年度『森の山供養祭』(酒田市/總光寺)に参加させていただきました。



『Rico‘s Room2』へ、ようこそ♪

2015年8月22日(土)午前中
總光寺さんの平成27年度『森の山供養祭』に、Ricoママと二人で参加させていただきました。





「森の山道場」へ行くには、階段を何段も登っていきます。
總光寺さんの「薬師堂」もありました。





こちらが、『森の山総受付』です。
私は、予約していたので、用意されていた御塔婆と梵天をここで受け取りました。
塔婆に対する御札は、ここからさらに上に登ったところにある「森の山道場」でいただきました。

私は、ご先祖供養の他に、昨年亡くなった母方の伯父の戒名供養をお願いしました。
先日、伯母に森の山の話しをしたら、そこに、私の祖父の歯骨を若い頃に伯父と二人で納めに行った話しを教えてくれました。
昔は、多くの人が森の山を訪れたため、人をかきわけながらようやく「森の山道場」へたどり着いたというお話しでした。
私の母方の祖父の歯骨が、總光寺さんの森の山に納められていることを知り、母と私が、總光寺さんの書道教室へお世話になるようになったのは、偶然ではなく、必然だったのだろうと思いました。

それから、「仙台筆」を作られた仙台時代の先輩のお爺さまのご供養もさせていただきました。
これから、「仙台筆」を大切に使わせていただきたいという思いを込めました。





受付では、当日申込まれた方の塔婆を書かれていました。
歯骨供養塔に納骨をご希望されていらっしゃる方々もいらっしゃいました。





『森の山供養祭』とは、深山幽谷のパワースポットにある「森の山道場」にて、餓鬼供養を行い、ご先祖供養や故人の戒名供養を行うということで、最初は意味がさっぱりわかりませんでした。

總光寺の原崇弘住職様より、詳しく教えていただきました。

森の山(深山幽谷)には、霊が集まりやすく、そこに、地獄の餓鬼を呼び寄せ、供養をするのだそうです。
餓鬼はいつもお腹を空かせているので、「あられきゅうり」といった生ものを与えます。
餓鬼には、火を通した食べ物は見えないため、生の食べ物しか与えないのだそうです。

供養してもらった餓鬼は喜び、森の山に集まってきた先祖や故人の霊をさらに位の高いところへ送り返してくれるのだそうです。
私たちは、位を高く送り返していただきたいご先祖様や故人のご塔婆をあげ、功徳を施すということでした。
「施す」という言葉が、私の心に強く響きました。


餓鬼供養が終わってから、先祖や故人のご供養をしていただき、御塔婆を読み上げていただきました。
すると、「森の山道場」の中に爽やかな風が通り、とても穏やかな気持ちになりました。





こちらが、歯骨供養塔です。
ここに、私たちが納めた御塔婆が並べられました。
すべての供養が終わってから、写真を撮ったら、なんということでしょう!
オーブがキラキラと輝いて、幸福感に満ちていました。
ここは、本当にパワースポットなのだ!と実感しました!

「あ!ご先祖様が、とても喜んでくださっている!」と直感的にそう思いました。

Ricoママの体力があるうちに、一緒にこの山に登り、祖父の眠る歯骨供養塔に手を合わせられたことを幸せに思います。

しかし、ここで、Ricoママが、ありえないことをしでかしました!
なんと、お賽銭箱に、受付で購入したロウソクとお線香を落っことしてしまい、取り出すことができませんでした!
お賽銭箱に、ロウソクとお線香を落とす人っているのでしょうか?(笑)
きっと祖父や伯父は、「相変わらずおっちょこちょいだなぁ〜」と笑って見ていたにちがいありません!





今年から用意された『森の山御朱印』をご住職様から頂きました。
この御朱印は、『森の山供養祭』の2日間でしかいただくことができいないレアな御朱印となります。
Ricoママと一緒に参拝させていただいたよき記念になります。





こちらが、『森の山御朱印』です。
『大施餓鬼』と書いてあります。
中央には、五輪塔の梵字が押されています。





歯骨供養塔の上の五輪塔を御朱印にしたのだそうです。なるほど!
ちなみに、上から、「空・風・火・水・地」を表しています。





揃えようとして揃えたわけではないのですが、私の御朱印帳には、總光寺さんの5種類全ての御朱印が、偶然、連続して揃いました。
ここにも、偶然ではなく、必然的な何かを感じてしまいました。
ありがたくいただき、生涯大切にさせていただきたいと思います。





帰りに、駐車場に出店されていた酒田屋さんの『名物 利休まんじゅう』と『みそまんじゅう』のセットを購入して帰宅しました。

帰りの車の中で、Ricoママが「私は、いろんなものを頂くけれど、それを料理してみんなにあげているっていうことは、功徳を施しているってことなのかなぁ〜」とボソリとつぶやきました。
「人に分け与えることは、功徳を施すことです」と住職様がお話しくださいました。
連日、台所に立ちっぱなしだった母は、「なんで、私は昔から、人のためにこんなに料理をしているんだろう?」と疑問に思っていたところだったので、今日は、素晴らしい法話をお聞きできてよかったと思いました。
仏教とは、人が幸せに生きるための教えだということを学ばせていただきました。

今日は、總光寺のみなさまにお世話になりまして、誠にありがとうございました。
明日8/23の午前中も、『森の山供養祭』をやっていますので、ご参加されてみてはいかがでしょうか?

歯骨供養塔の周囲を囲んでいる六地蔵様のことなど、まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが、明日は、朝が早いので、今夜はこの辺で。


<今日の俳句>
森の山 供養でパワー 満ちあふれ


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Posted by Rico at 23:43Comments(0)御朱印帳

2015年07月18日

R『清正公大祭お逮夜(丸岡城址・加藤清正公墓碑)』に参列させていただきました。



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2015年7月18日(土)18:30〜
山形県鶴岡市『天澤寺(てんたくじ)』で開催された『清正公大祭お逮夜』に参列させていただきました。
清正公とは、大阪城・名古屋城・熊本城の日本三大名城を築城した治水土木の神様と信仰されている肥後守熊本54万石の大名/加藤清正公のことです。

私は、2014年3月に熊本城と加藤清正神社を参拝させていただきました。旅レポはこちら
その際に、熊本城のあまりの素晴らしさに感動し、地元庄内にある加藤清正公墓碑を墓参させていただきたいと願っていました。

總光寺様の書道教室でご一緒させていただいている櫛引の『常楽院』の桜井住職様より、『清正公大祭お逮夜』の詳細情報を教えていただいたおかげで、ようやく墓参の念願が叶いました。

御朱印もお願いしてよかったです。
「清正公」の文字が大変ありがたいです。





丸岡城址周辺には、「清正公」ののぼりがたくさん立てられていました。
地元では、「清正公様(せいしょうこうさま)」の愛称で呼ばれているそうです。





こちらが、『加藤清正公墓碑』です。





この五輪塔の下に、清正公が眠られていらっしゃいます。
どんな思いで、ここに眠られていらっしゃるのでしょうか?





本堂の前に、『清正公像』と『忠廣公像』が置かれていました。
『清正公大祭お逮夜』では、このご本尊を二つの山車に乗せて、丸岡地区を練り歩く巡行が予定されていましたが、雨天のために、天澤寺前のみの巡行となりました。





こちらが、『清正公像』です。
清正公は、生前、日蓮宗を信仰されていたということで、体の中心に「南妙法蓮華経」の文字が刻まれているのだそうです。





こちらは、『忠廣公像』です。
清正公の嫡子・忠廣公は、徳川幕府のいわれなき罪をかぶせられ、出羽庄内の丸岡に改易配流させられました。
いつの日にか、熊本へという思いをいだきながら、22年間、わびしい生活を送り、生涯を閉じられたそうです。
忠廣公が、清正公の遺骨をひそかに運び、この地に葬ったという言い伝えがあり、昭和24年に発掘調査の結果、清正公の遺骨と判断されました。
偉大な父親の亡き後、この地に配流させられた忠廣公は、さぞ無念の生涯であったことでしょう。





ご本尊様を巡行させる前にお経が読まれました。
ちなみに翌日が、『清正公大祭』の本祭となり、清正公忠廣公尊霊供養はじめ、大祈祷法要が営まれるそうです。




こちらが『天澤寺』本堂入口となります。
ご本尊様はここから巡行に出発されました。





巡行行列が戻ってきたところの写真です。





本来は、山車に乗せるご本尊様ですが、雨のため山車を出さずに、ご本尊様のみで巡行されました。





雅やかな衣装をまとった地元の子ども達。
境内には、カメラを手にしたお母さん達がたくさんいました。





お天気がよければ、丸岡城跡公園で行われる予定だった芸能奉納ですが、雨のため、本堂で行われました。
まずは、櫛引西小学校に平成元年から伝わる『西小太鼓』が六年生のみなさんで披露されました。





続いて、『丸岡桐箱踊り』という伝統的な踊りが披露されました。
改易配流となった忠廣公母子を村人が踊ってなぐさめたと伝えられています。





このお祭りに参列するまでは、清正公忠廣公がお気の毒で仕方がないという重い気分だったのですが、こうして、丸岡の人々によって、清正公忠廣公を大切にご供養されている光景を見て、あったかい気持ちになりました。
雨でしたが、参列させていただいて本当によかったと思いました。
そして、できることであれば、もう一度、熊本城・加藤清正神社へ行ってみたいという気持ちになりました。
歴史を学ぶことは楽しいことですね。
この度は、常楽院/桜井住職様にお誘いいただいたことに心より感謝を申し上げます。


<今日の俳句>
清正公 出羽庄内 眠る今

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Posted by Rico at 23:44Comments(0)TRIP御朱印帳

2015年07月05日

R 總光寺『峰の薬師堂』/庄内観光コンベンション協会発行『限定御朱印帳』



『Rico‘s Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2015年7月4日(土)
總光寺さんの書道教室へ参加させていただきました。
總光寺さんの『きのこ杉』の入口のところに、『きのこ杉』ののぼりが立ちました!
樹齢400年の山形県指定天然記念物『きのこ杉』の存在を多くの方に知っていただきたいということで、のぼりの設置とデザインをご提案させていただきました。
のぼりが完成して、実際に『きのこ杉』の前に立てていただき、ありがたく思いました。
チョコチョコさんより、「きのこ杉の字がいいですね〜!」とお褒めのお言葉を頂戴して、ホッと致しました。

『きのこ杉』くんたちも、かなりアフロな感じになってきましたので、そろそろ刈り込まれる時期ではないでしょうか?
400年間、人の手で大事にされてきた『きのこ杉』です。
そう思うと、とっても愛おしいですね♡





私は、書道教室参加の前に必ず本堂で手を合わさせていただいております。
この日は、御本尊様に御礼とご報告をさせていただきました。
先日、予期せぬ大ピンチが私の身の上に降り掛かりました。
その時、私は祈るしかない状況でした。
目をつむり、手を合わせてなんとかうまくいくようにと必死で懇願しました。
すると、一瞬にして、この本堂で私自身が懇願している情景が見えました。
本当にビックリしました!
その後、助けてくれる方が現れ、私のピンチを救ってくださいました。
おかげさまで、多くの方々が救われました。
あたたかく見守っていただき、本当にありがたいとただひたすらに御礼を申し上げました。





緑のコントラストが美しい国指定名勝庭園『蓬莱園』には、紫陽花がみずみずしく咲き誇っていました。





『蓬莱園』には、この滝の流れる水音が響き渡っています。
滝のところに石橋がありますが、これは、水音を大きく響かせるための工夫なのだそうです。

書道教室へ通われているみなさんは、この庭園に癒されながら筆を走らせる心地よさを感じていらっしゃいます。
なんて贅沢な空間での書道教室なんでしょうね!
参加費用は、1回たったの500円!しかも、お茶とお菓子まで付きます!
とてもありがたいひとときです。
でも、これから、私は夏のライブ出演シーズンに突入するため、しばらくは書道教室参加はお休みさせていただくことになると思います。





白い睡蓮の花が清楚に咲いていました。
ただただ癒されました。
黄色い花は何と言う名前かご存知の方がいらっしゃったら、教えていただけませんでしょうか?





こちらでいただくお抹茶(菓子付)500円は、おすすめですよ!
2〜3日前までにご予約いただければ、オリジナルきのこ杉の和菓子をいただくことができます。





こちらは、庄内観光コンベンション協会発行『限定御朱印帳』です。
總光寺さんでも7月1日から販売開始されたそうです。数量限定とのことで、ピンクの巾着袋と出羽庄内巡礼案内のマップが付いて、たったの1,000円!
やまがた観光キャンペーン推進協議会の協賛もあって、このお値段が実現したのだそうです。(總光寺さんでも取扱中です!)
「御朱印をはじめてみようかな?」と思っていらっしゃる方には、案内マップ付きなので、特におすすめ致します!




しかも、このセットの中に、こちらの応募ハガキがついていて、応募すると抽選で
美味しいお米「つや姫」2kgと
庄内の特産品詰め合わせセットが10名様に当たる!
ということです。
私も応募せねば!(笑)





私は、早速『御朱印帳』を購入させていただき、厚かましくも、表紙の『御朱印帳』の字入れを書道教室の先生/法秀寺の五十嵐住職様にお願いして書いていただきました。
五十嵐住職様の書には、優しいお人柄がにじみ出ていて、とても癒されます。
おかげさまで、とても品格のある私のオリジナル御朱印帳になりました。





そして、法要から戻られた總光寺の原住職様から、御朱印4種類を頂戴しました。
右から、
總光寺本殿『瑠璃光殿』の御朱印(スタンダード)。
庄内札所第十二番の御朱印(庄内三十三観音巡り)。
平和観音第二十番の御朱印(レアな御朱印)。
梅花観音第七十三番(超レアな御朱印)。

原住職様より、「4つの御朱印を押した人は、Ricoさんが初めてですよ!」と教えていただきました。
7月1日から販売の御朱印帳を第1号で手にし、4つの御朱印いただいたのは、偶然なんでしょうけれど、不思議なものを感じます。
それから、私がデザインさせていただいた總光寺のシンボル『きのこ杉』の印を5月末から御朱印に使っていただいています。
御朱印をいただいた方々が、『きのこ杉』の印をとても喜んでくださっているということをチョコチョコさんからお聞きして、大変嬉しく思っています。




こちらは、御朱印をいただいた梅花観音様です。
梅の枝を手にされている観音様です。
我が家の家紋は、梅なので、たくさんいる観音様の中でも、何だか特別な存在に感じてしまいます。





書道教室が終わってから、ご住職ご夫妻からお聞きしていた『峰の薬師堂(奥の院)』へ足を運んでみました。
ここは、『峰の薬師公園』の一角にあり、庄内平野を蛇行する最上川の雄大な景色が一望できる最高のビューポイントでした!
何度も松山へ足を運んでいたのに、こんなに素晴らしいビューポイントがあったことを今まで知りませんでした!

630年前に、ここに立った月庵良円禅師が、手にしていた『匂い桜』の枝で指したところに『總光寺』を開山されたという伝説が残っています。
いわば、『總光寺』の出発点がここだったわけです。





実際にここから見下ろしてみると、『總光寺』さんの屋根と『きのこ杉』の参道がバッチリ見えました!
630年前の月庵良円禅師の気持ちをリアルに感じる場所でした。
私は、この伝説をイラストにして、後世に伝えたいと思いました。
伝えようとしなければ、伝わらないと思うからです。
うまく描けるかどうかはわかりませんが、それが、私が導かれた使命のような気がしています。





昭和58年に、こちらの『峰の薬師堂(奥の院)』が建立されました。
風雪の影響で、老朽化が進み、現在は、ロープが張られて、立ち入り禁止になっています。





ちなみに、こちらが、建立された時の写真です。
なんとか、修復できないものかと、現在のご住職様が考えていらっしゃいました。





こちらの『峰の薬師公園』は、『眺海の森天体観測館』の駐車場を挟んだ向かい側にあります。
お弁当開きするには最高の空間でした!
今度、お弁当を持って遊びに行こうかなぁ〜(*^^*)





それから、去る6月28日(日)に總光寺さんで開催された『大般若祈祷会』に申込んでいた御札を頂戴しました。
当日、私は、ホテル八乙女で演奏だったため、『大般若祈祷会』へは参加できませんでした。先代の十三回忌と重なり、なんと17名の僧侶のみなさんが集まって盛大に行われたのだそうです。その時の様子の写真を付けてくださったので、とてもありがたく思いました。
我が家の「家内安全、身体堅固、交通安全、商売繁盛」を祈祷していただいたありがたい御札です。大切にさせていただきます。

六星占術によると、私の今年の7月は、12年で一番悪く、12ケ月で一番悪い時なのだそうです。
いわゆる大殺界のど真ん中というわけです。
でも私にはありがたい御札があるので、妙な安堵感があります。
大般若の経典は、西遊記で有名な三蔵法師様が天竺からいただいてきた大変ありがたいものです。全600巻を一気に転読していただいた御札があると思うと怖いものはありません!
まあ、何事も気を付けたことに越した事はないのですが、必要以上に恐れず、『平常心』でまいりたいと思います。


<今日の俳句>
我が使命 最上川見る 伝説の地

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Posted by Rico at 23:51Comments(4)御朱印帳

2015年01月07日

R 平成27年初詣『鶴岡天満宮』/久松氏ご先祖様『菅原道真公』参拝



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

今日は、暴風雪の大変な一日でしたね!

お天気がよかった2015年1月5日(月)に、主人と二人で、鶴岡市『鶴岡天満宮』へ初詣に行って参りました。

久松氏ご先祖様の『菅原道真公』が祀られているということで、御朱印も頂きたいと思っていました。

学問・書道の神様『菅原道真公』が祀られている『鶴岡天満宮』は、学問・至誠・厄除はじめ、広い範囲での祈願神社となっています。




境内の至る所に、『梅鉢』の紋があり、とても嬉しかったです。
私の平田の久松一族も『梅鉢』の家紋で、一緒だからです。





『菅原道真公』が描かれた絵馬には、たくさんの合格祈願や商売繁盛祈願が書かれてありました。
受験生のみなさん!頑張って下さいね!!!





絵馬は、このように雨に当たらないところに吊るせるようになっていました。
テーブルの上には、ペンが用意してありました。





主人は、これから受ける試験があるので、『試験合格守護』の御守りを購入しました。
しかし、いくら祈願しても、勉強していなければ、合格できるはずがありません。そこは、神様がちゃんと正しい判断をして下さることと思います。

私も、『梅鉢』の紋が入った御守りが欲しいと思い、こちらの『心願成就守』を購入させていただきました。
「心願」という言葉に強く惹かれました。
私の今の「心願」は、人と人とが殺し合うことのない永久に平和な世の中です。
ただひたすらに、「平和」を願う平成27年の初詣となりました。





『鶴岡天満宮』様から、御朱印を頂戴致しました。
ご先祖様を祀っていただいている『鶴岡天満宮』から、今年の御朱印がスタートできる喜びを感じています。
ありがとうございました。



<今日の短歌>
初詣 梅鉢見つけ 嬉しいな
  合格祈願 平和よ永久に


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Posted by Rico at 23:40Comments(0)御朱印帳

2014年10月24日

R 『空気神社』(山形県朝日町)へ、紅葉狩りしながら行ってきました♡



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年10月23日(木)
寒河江地区交通安全協議会主催『交通安全 お達者大研修会』の『YOSHIKO&RICO交通安全歌謡ショー』出演の合間に、会場近くの『空気神社』へ、アシスタント2号こと、我が父と二人で、車で行ってきました!

駐車場に車を停め、ここから宇宙の5元素といわれる「木、火、土、金、水」のモニュメントが並ぶ参道を歩いたところに『空気神社』があります。





参道入口の石碑です。
『空気神社』のことは、テレビや観光案内などで存在は知っていましたが、いつか行ってみたいなぁ〜と思いつつ、なかなか足を運ぶことができませんでした。





この参道を見た瞬間に、素敵過ぎて、感動してしまいました!!
ちょうど紅葉が美しく、招かれたような気がしました。





日々の慌ただしさに追われて、紅葉狩りもままならない状態だったので、久しぶりに山の中を歩いて癒されました!
キツイ登山は、苦手ですが、これくらいが私にはちょうどよいお散歩コースです。





とはいえ、かなり歩いて、ようやく『空気神社』にたどり着きました!
もし、雨が降っていたら、でろでろでゅ〜環境でした。
お天気に恵まれて、本当によかったと思います。





『空気神社』は、空気をご神体とした世界に1つだけの神社です。
「空気の恩恵を人間は忘れている。世界に先駆けてわが町に空気神社を造ろう」と神社建立に至ったのだそうです。
宗教団体ではないということで、御朱印などはありませんでした。
ま、エア御朱印ということで。(笑)





ブナ林に囲まれた5メートル四方のステンレス板の『空気神社』。
ここに四季折々の自然の姿が写し出され、ステージのようでした。
神聖な空気が漂っていました。





地元の方から、ステンレス板の下のところで、手を叩くと、音が反響するようになっているというお話しをお聞きしたので、パンパンと手を叩いてみました。
すると、地下の方で音が反響しているのがわかりました。





地下には、このような本殿があり、12個の瓶により音が反響するのだそうです。
空気があるから、音が聞こえるわけですよね!
つまり、「空気がないと音が聞こえない!」ということです!

音楽をやっている私としては、『空気神社』を参拝させていただけたということは、大変ありがたいことでした。
そして、美しい空気を後世に残さなければならないという気持ちで、手を合わさせていただきました。





朝日町では、世界環境デーである6月5日を『空気の日』と制定し、最寄りの土日とあわせて空気に感謝する催し『空気まつり』を行っているそうです。
本殿の一般公開や物産品の販売、地元小学生による『みこの舞』も披露されるそうです。





『空気神社』の帰り道。
美しい紅葉を目に焼き付けながら歩きました。
朝日町にYOSHIKO&RICOを招いていただいたおかげで、父との思い出がまた一つできたことをありがたいと思いました。
おそらく、音楽活動をやっていなければ、父とこんなに美しい参道を歩くということはなかったと思います。
すべてに感謝いたします。

『空気神社』参拝後の『YOSHIKO&RICO交通安全歌謡ショー』は、おかげさまで、大変盛り上がりました♪
これも、『空気』のおかげですね♡



<今日の短歌>
ご神体 空気を祀る 神社かな
  続く参道 もみじ紅葉

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Posted by Rico at 23:59Comments(4)TRIP御朱印帳

2014年10月20日

R 酒田『砂高山 海向寺』拝観&御朱印/即身仏2体参拝の巻



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年10月10日夕方
湯殿山神社を参拝後、酒田市の日和山公園近くの『砂高山 海向寺』へ、御朱印帳を持って出掛けました。
去る10月6日にも、JAGDA日本グラフィックデザイナー協会の副会長/勝井三雄先生ご夫妻をこの『海向寺』さんへご案内をさせていただきました。
拝観の際に、2体のありがたい即身仏に手を合わさせていただきました。
山形県には、8体の即身仏がありますが、即身佛堂に2体あるのは、『海向寺』だけで、日本でも唯一のお寺です。
その際に、私は、御朱印をいただくことができなかったので、「市内ですので、改めて参ります」ということで帰宅しました。

10日の昼に、『湯殿山神社本宮』を参拝させていただき、湯殿山の凄さを身体で感じました。「これは、海向寺さんの御朱印をいただかなければ!」という思いで、その日の夕方に、再度、御朱印をお願いに参りました。

境内では、若い僧侶の方が、掃き掃除をされていらっしゃいました。
いつも清められた境内で、パワースポットという空気を感じます。

毎年、8/1〜3は、境内の粟島観音夜祭りということで、即身仏が御開帳となります。
昔、夜祭りで、演奏をさせていただいたことがあります。
それから、この境内から、酒田花火ショーを観覧させていただいたことが何度かあります。
そして、即身仏の拝観に関しては、県外からのお客様がいらっしゃった時に何度か足を運ばせていただいております。
そういう意味では、いろいろとお世話になっているお寺です。





『寺額』を見て、ビックリしました!
『海向寺』ではなく、『湯殿山』と書かれてありました。
そして、揮毫されたのは、即身仏になられた『海向寺』中興1代目住職の忠海上人でした。
境内を掃除されていた僧侶の方に尋ねてみると、「湯殿山大権現(御本尊胎蔵界大日如来)を勧請し、再建されたお寺」ということで、合点がいきました。
湯殿山仙人沢で、即身仏になる身体を作る修行をされるということは有名です。

忠海上人と円明上人は、末世までの人々の苦しみを救い願い事を叶えるためには、木食行者となり、お姿を残す即身仏になるほかはないと決意され、厳しい修行に出られたそうです。
※注意/即身仏とミイラは全く別物です。
即身仏は、末代までお姿を残すために、身体の水分、脂肪分を落とし、生きている間からあ、現在の即身仏に近い状態に作り上げていく修行です。木食修行が終わると、地下深さ3m余りのタテ穴(入定塚)の中に石室を築き、木製の棺の中に現在のお姿で生きたまま入ります。中では断食をやり、お経を読み続け、その音が止まると掘り起こします。3年3ケ月後に再び掘り起こしたところ特別なことをしなくても即身仏としてお身体が残ったものです。


海向寺8代目住職/鉄門海上人は、1829年に入滅され、現在は湯殿山の『注連寺』に奉られているそうです。
次回は、『注連寺』へ参拝に参りたいと思います。





海向寺のご住職様から、御朱印を頂戴致しました。
右上に『湯殿山』の印が押されていますね!
あの湯殿山と繋がっていると思うと、ありがたい気持ちになりました。
湯殿山神社→湯殿山仙人澤→海向寺という流れは、今見ると、ちゃんと順番立てて御朱印をいただいているということに気がついて驚きました。
私が操作したわけではありません。不思議なものですね!

御朱印を頂くようになり、私のアンテナが広がったような気がします。
庄内にある即身仏全部のお顔を拝見してみたいという興味も沸いてきました。
即身仏には、仏像や観音様にはないパワーを感じるのは私だけではないと思います。


海向寺さんを拝観した際にいただいたパンフレットより
海向寺のあらまし
海向寺は、今から1150年前に真言宗の開祖弘法大師空海が開かれたと伝えられています。その後、真然上人が御本尊胎蔵界大日如来(湯殿山大権現)を勧請し、忠海上人、鉄門海上人がそれぞれ再建したのち現在に至っています。
境内は日和山の一角にあり、本堂、即身佛堂、鐘撞堂、粟島観音堂、海向寺茶店が建てられています。
酒田市内を一望でき、境内から望む人々をなごませてくれます。
また、権現造りと呼ばれる本堂のかまえは、神佛習合の昔をしのび、連日祈願の太鼓の音とおまいりの人々が絶えません。


海号
即身佛のお名前の「海」という字は、真言宗の開祖弘法大師「空海」の徳をしたって用いたもので、「海号」と呼ばれています。


<今日の短歌>
酒田には 即身仏の パワーあり
  両上人 救いの癒し

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Posted by Rico at 23:59Comments(4)TRIP御朱印帳

2014年10月19日

R 湯殿山で男性行方不明!?今月10日『湯殿山神社』へ行ってまいりました。



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年10月16日に、名古屋の男性(79)が湯殿山で行方不明とのニュースが報道されてびっくりしました!
捜索しているとのことでしたが、無事に見つかったのでしょうか?その後の情報をご存知の方はいらっしゃいますか?心配ですね。(←心肺停止で発見と、新聞記事になっていたそうです。心よりご冥福をお祈り申し上げます)

私が『湯殿山神社本宮』へ行ったのは、2014年10月10日(金)で、前日、かみのやま温泉『ニュー村尾浪漫館』で、YOSHIKO&RICOで出演をさせていただいた帰り道、アシスタント2号こと、父と二人で参拝をさせていただきました。

私は、大鳥居の周辺の記憶があるのですが、『本宮』まで行ったことはこれまでありませんでした。
『御朱印』は、『本宮』を参拝していただくものだということを知り、有料参拝バスで山頂の『本宮』へ向いました。
『本宮』までの歩道もあります。その途中には、無数の神社があるということで、『湯殿山』のスケールの大きさに驚きました。





バスの中から、鳥居脇の『行人塚』周辺で、何か行事をされているところを撮影しました。
ここに、『即身仏』があるのかしら?

バスの窓に、ちょうど赤い鳥居が写って、合成写真のように写っているのが、神秘的でいいですね〜。





バスから降りて、『本宮』への入口階段のところに、『湯殿山のご由来』看板がありました。
私は、『湯殿山』の知識がありませんでした。ここに書かれている文章をここでご紹介致します。


湯殿山のご由来
大山祇命(おおやまづみのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)

 出羽三山とは、月山・羽黒山・湯殿山の総称で推古天皇元年(593)、第三十二代崇峻天皇の御子である蜂子皇子様の御開山である。皇子は、蘇我氏の難を避け、京都の由良から海路を経て、出羽国庄内浜の由良に入られた。そして三本足の霊長の導くままに羽黒山に入り難行苦行の末、羽黒山上に羽黒権現の御示現を拝し、次いで、月山、湯殿山を開き、両神を羽黒山に歓請して羽黒三所大権現と称した。
 その後、皇子の御徳を慕い、加賀白山を開いた泰澄上人や修験道の祖と言われる役の行者、また真言宗の開祖弘法大師、天台宗の開祖伝教大師とその弟子慈覚大師なども来山して修行をしたとも伝えられている。こうして皇子修行の道は次第に発展して羽黒派修験道となり、全国に名を知られ時代を重ねるにつれ、人々の厚い信仰を集めることになった。
 此処、湯殿山は、推古十三年(605)の御開山とされ、出羽三山の總奥の院として特に厚い信仰を集めてきた。江戸時代までは真言宗として奉仕してきたが、明治維新に際して神仏分離(廃仏毁釈)が発令され、古への神奈備山にかえり神社として奉仕している。
 殊に出羽三山信仰は「三関三度」(さんかんさんど)や、「疑死再生」(ぎしさいせい)など、生まれ変わりの信仰が今も尚息づいている。羽黒山で現世利益の御神徳に与り、月山の大神の下で死後の体験をし、慈悲深い湯殿の大神より、新しい生命を賜って、再生すると考えられる。
 特に湯殿山での修行は三世を超えた大日如来を本地仏とする大山祇命・大己貴命・少彦名命の霊験により、神仏と一体になり即身成仏を得ることが出来るとされた。また湯殿山本宮では、御神体を目の当たりに拝し、直に触れてお参りが出来る御霊験の有り難さより、俳聖松尾芭蕉も「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」の句を残された、古来「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒められた清浄神秘の霊場なのである。

ご参拝について
●参拝バスを降り、湯殿山神社本宮参道入口より徒歩5分(約百メートル)
●本宮入口で素足になってお祓いを受けてから御神前に進みお参り下さい。
御祓料 500円
※本宮内はご由緒により撮影はご遠慮下さい。





湯殿山神社本宮参道入口に御神牛の像がありました。
ここより先は、撮影禁止です。

そして、これより先は、古来からの「語るなかれ」「聞くなかれ」に従って、詳細は書きません。
実際に参拝したものにしかわからない世界が広がっていますよ!




こちらが、御祓後、参拝をさせていただき、いただいてきた『湯殿山神社』の御朱印です。
貴重な体験をさせていただいた上に頂戴した御朱印なだけあって、とてもありがたみを感じます。

羽黒山山頂とは全く違う世界で驚きました。





参拝バスのりば(本宮前)からの景色です。駐車場入口の大鳥居がこんなに小さく見えました。
雄大な自然の中にある御神体を参拝できたことは、とてもありがたい体験でした。





大鳥居のところまで参拝バスで戻ると、今にも雨が降ってきそうに天気が一転していました。
いかにも、霊験あらたかな雰囲気に包まれました。





大鳥居脇の参竜所にて、『羽黒山千人澤』の御朱印をいただいてまいりました。
父と二人で、『湯殿山参拝』をさせて頂いた感激は、生涯忘れることはないと思います。



<今日の短歌>
ブログレポ 語ることなかれ 湯殿山
  父と二人で 霊山へ行く
  
   

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Posted by Rico at 23:55Comments(6)TRIP御朱印帳

2014年10月07日

R 『JAGDA東北地区大会2014in山形』エクスカーション?1日目『羽黒山参拝』



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

2014年10月5日(日)
『JAGDA東北地区大会2014in山形』にお越し下さった方々とエクスカーション?(参加人数が少なかったため、バスチャーターをキャンセルして、JAGDA山形会員の自家用車でご案内)ということで、午前中は『加茂水族館』、午後は『羽黒山』をご案内させていただきました。

予定では、私も『加茂水族館』へ一緒に行くつもりだったのですが、前日の交流会が終わって、帰宅したのが、午前1時。
そして、午前2時に、病院に入院していた叔父が亡くなったという知らせがあり、親戚から電話がジャンジャンで、午前中は、『加茂水族館』へ同行することができなくなってしまいました。
とはいえ、私は、8月に一度行っているわけですが・・・





今年、羽黒山の開山から1420年で、羽黒山は午年御縁年であることを説明させていただきました。
それから、開祖/蜂子皇子の御尊像が、蜂子神社にて、140年ぶりに特別御開扉されているお話しもさせていただきました。
本来、9月末までの予定が、人気のあまり、10月末まで御開扉が延長になったことをお伝えすると、「それは、嬉しい!」とみなさんが、喜んで下さいました。
蜂子皇子御尊像は、一生に今しか拝見することができないわけですから、こんなにありがたいことはありません。





私は、蜂子皇子神社から御朱印を頂戴致しました。
「羽黒山蜂子神社 特別御開扉」というスタンプが押されてあり、私にとっても、10月末まで御開扉が延長になったことは、とても嬉しいことでした。
一生に今しかいただくことのできないスタンプなのですから!





合祭殿には、相変わらずたくさんの参拝者がいらっしゃいました。
この写真の「神札授与所」のところで、御朱印を受け付けていました。
御朱印は、私だけかと思ったら、次々と御朱印帳を手渡される方がいらっしゃって驚きました。
クロークに預けるような感じで、番号札を渡されて、御朱印が出来たら番号を呼ばれて清算となります。
やっぱり参拝のメッカは違うなぁ〜と、ここにも羽黒山の人気ぶりを感じさせられました。





こちらが、「出羽三山神社 三神合祭殿」の御朱印です!
ど〜ん!と見開き2ページ分を使って、大迫力の御朱印が、お見事でした!
バックヤードに、御朱印専属の筆耕人がいたようです。
書慣れた筆文字に惚れ惚れ致しました。
一体、一日にどれくらいの御朱印を書かれていらっしゃるのでしょうね?

「午歳御縁年」のスタンプが押されてあります。
12年に1度しかいただけないありがたいスタンプ入りの御朱印をいただいて、私は大満足でしたkao2





ここで、一度、エクスカーション?は解散となりました。
JAGDA山形のメンバーは、『JAGDA 東北地域会員 ベスト1展』の搬出のために、鶴岡アートフォーラムへ向いました。

鶴岡アートフォーラムに到着したのは、15:00でした。
開催は、16:00までなので、搬出まで1時間ありました。






というわけで、その1時間の間に、私は、鶴岡アートフォーラム近くの『荘内神社』へ参拝させていただきました。
御朱印帳をいつも持ち歩いているとこういう空き時間を有効に使えてよいものですね!

何度も訪れているはずの『荘内神社』ですが、御朱印をいただくとなると、気持ちが引き締まるものがありました。





ちょうど神社挙式が始まるところで、和の挙式の素晴らしさに感動しました。
最近は、神社婚がブームとのことで、この日は、午前中から数件、ここで挙式が行われたそうです。
雨が降らなくてよかったと、神社の関係者のみなさんが、ホッとされていました。

どうぞ末永くお幸せに♪





その後、宮司様自ら、御朱印を書いて下さいました。
とっても気さくな宮司様で、私の御朱印帳を見て、「八雲神社へも行かれたんですね!」と声を掛けて下さいました。
私は、「はい!毎年、八雲神社のキウリ天王祭で、私は演奏をさせていただいて、大変お世話になっております」と話すと、「そうなんですか!私が、彼(八雲神社の宮司)の仲人をやったんですよ!」と教えて下さり、なんだか急に親近感が沸きました。おかげで、『荘内神社』が身近な神社に感じられました。
御朱印をお願いしなければ、こういうご縁がなかったのかと思うと、やっぱり御朱印帳をはじめてよかったとつくづく思います。
これから、この御朱印帳を通して、どんな出会いや御縁があるのかと思うとワクワクしてきます。



というわけで、無事に鶴岡アートフォーラムの搬出作業終わり、これで、『JAGDA東北地区大会2014in山形』が終わったと思いきや・・・
JAGDA勝井副会長のご夫妻が、「湯野浜温泉にもう一泊して、明日は、酒田へ行ってみたいのですが、どこかおすすめはありませんか?」と質問をされてしまいました。
勝井先生の奥様のお父様は、昭和の大作詞家/大高ひさを先生で、『銀座の恋の物語』でお世話になっておりますので、「それでは、私が、酒田をご案内させていただきます」という約束をさせていただきました。

JAGDA山形で、酒田の会員は私だけなので、何と言ったらよいのでしょうね?白羽の矢が当たったというべきなのでしょうか?
勝井三雄先生は、日本を代表するグラフィックデザインの巨匠です!
雲の上にいらっしゃるようなお方を私が酒田を案内させていただける機会をいただけるとは、未だに信じられません。
エクスカーション?2日目の模様は、また、後日、ブログにアップさせていただきます。

勝井三雄先生のプロフィールはこちら


<今日の短歌>
御朱印を 集めてみたら 御縁寄せ
  話題弾んで 親しみが沸く
  
  
   

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Posted by Rico at 03:16Comments(4)DESIGN/ARTTRIP御朱印帳

2014年10月03日

R『荘照居成祭/鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』へ参加させていただきました♪



『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23
2014年10月2日(木)10:00〜
『荘照居成祭/鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』に参加させていただきました。

普段、『鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』の社務所は無人になるということで、御朱印をいただくのであれば、この日を逃してはならないと、早めに行って、宮司様から、御朱印を頂戴致しました。
本社の御朱印は、後日、頂きに行きたいと思います。
ちなみに、写真の左は、参加された方に配られたお札です。





初めて『鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』へお伺いしたのですが、予想以上に立派な神社で驚きました。

私が、こちらに訪れるきっかけになったのは、鹿児島の味園道場/味園博之先生から荘内藩九代当主/名君忠徳公(めいくんただありこう)『天保おすわり事件』の本を賜ったことがきっかけです。
そのことをブログに書いたところ、上蕨岡のあべさんから、『鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』に、『荘照居成神社』があり、『天保おすわり事件』=『三方領地替え』の立役者となった『矢部駿河守定謙(さだのり)公』が祀られていて、毎年10/2に、『荘照居成祭』が行われているという情報をいただきました。
そして、そこで、いつもお世話になっている池田青水先生が、琵琶の弾き語りをされているというお話しをお聞きして、がぜん、行ってみたくなりました。

5/3、萬谷さんにお邪魔した際、萬谷和子専務が、『鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』のお祭りに行って来たというので、ビックリしました。
10/2の『荘照居成祭』にも、ご出席いただきたいと誘われたということで、「それじゃあ、『荘照居成祭』には、ご一緒しましょう!」という話しになりました。
なんだか、不思議な力で、『荘照居成祭』に引き寄せられたような気がしました。
こういう偶然は、そんなにあることではないような気がします。





こちらが、『荘照居成神社(そうしょういなりじんじゃ)』です。
ここに、『矢部駿河守定謙公』が祀られています。

詳しい資料『矢部駿河守定謙様 桑名藩お預かりの真相/桑名市 稗田自治会連合会』より転載をさせていただきます。




出羽国一之宮鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮境内に『荘照居成神社(そうしょういなりじんじゃ)』がある。
弘化三年(1846)に建立された小さな社である。祭神は、江戸南町奉行であった矢部駿河守定謙である。
ここに至った歴史的背景を述べる。

 天保十一年(1840)に上図の如く『三方領地替え』が突如として下り、出羽国庄内領内は驚きと混迷を極めた。
 この所替えのご沙汰に対し、領民は庄内あげて、大阻止運動を展開した。地元では、大祈願を催し、また江戸へ出て幕閣への駕籠訴を実行した。この行動が奇しくも矢部駿河守の取り調べるところとなり、当時江戸で活躍していた佐藤藤佐(とうすけ・出羽国 遊佐升川出身)が調べられることになる。
 調べに対して藤佐は、この国替えの非と、「百姓たりと雖も、二君に仕えず」という庄内領民の心意気を㴞々と述べたのである。
 
 奉行は藤佐の論に胸を打たれ、幕府の評定所の席上、この国替えの撤回に力を注がれ、遂に転封は撤回された。庄内藩は矢部駿河守によって救われたのである。
 しかし、この為、矢部駿河守は水野忠邦の忌諱にふれ、腹心の鳥居輝蔵らの陰謀にて、在任八カ月で江戸南町奉行を罷免となり、罪人として桑名藩へ永のお預かり、子は改易という厳しい処分を受けた。
 矢部駿河守は翌年天保十三年(1842)五月十二日に桑名藩に到着、暫くして断食に入られ、おん年五十二歳で七月二十四日に亡くなられた。





こんな大事件が庄内藩であったことも、そして、江戸町奉行の庄内には、縁もゆかりもない矢部駿河守公が、非業の死を遂げた事も、私は知りませんでした。
鹿児島の味園先生や上蕨岡のあべさんのおかげで、詳しく知ることができました。
知るきっかけを与えていただきまして、誠にありがとうございました。

ちなみに、こちらの『荘照居成神社』の彫刻は、あべさんのご先祖様が彫られたものだそうです。
上蕨岡地域のみなさまが、何世代にも渡って、『荘照居成神社』を大事に守り続けて下さっていることに感謝を申し上げます。

残念ながら、この神社の賽銭箱が箱ごと盗まれてしまったそうです。
おそらく、この神社にどんな方が祀られているのかということを知らない者の犯行だと思います。
知っていたら、絶対に盗みなどできないはずです!
なんて、罰当たりなことでしょう!
『荘照居成神社』のことを知らない人が多いという事は、非常に残念なことだと思います。





『荘照居成神社』の前には、このような大きな穴がありました。
これは、5/3の大御幣(だいおんべ)祭の時に使われる穴とのことで、この穴の説明はまたの機会に。





こちらが、『鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮』の本殿です。
豪壮な佇まいで、迫力がありました!





ちなみに、映画『るろうに剣心』の撮影場所に使われたそうで、『るろうファン』らしき若い人達が、数名、ここに訪れていました。
私は、その映画を拝見していないので、わかりませんが、ここで、殺陣のシーンが撮影されたそうです。





『鳥海山大物忌神社』の神額が輝いていました。
よく清められていて、凛とした佇まいでした。





酒井家十八代当主と本間家当主が玉串奉奠される光景というのは、凄いことだと思いながら拝見させていただきました。
それから、矢部一族の方が矢部駿河守のお墓がある東京・深川よりわざわざお越し下さっていました。
※赤い文字の部分は、2015.5.28に加筆修正致しました。

写真は、遊佐町長/時田博機町長が、玉串奉奠をされる時の写真です。
遊佐町では、この『三方領地替え』のことをDVDに編集中とのことです。
DVDが完成したら、ぜひ多くの方にご覧いただき、庄内の歴史を学んでいただきたいと願っています。





式典が終わってから、錦心流琵琶奏者の池田青水先生が、琵琶語り『天保義民と江戸町奉行』をご披露して下さいました。





『天保義民と江戸町奉行』山崎誠助作を哀愁ある琵琶の音で、弾き語りをして下さいました。
ラスト「定謙己の悲運を嘆き 天の無慈悲を呪い 怒り 然して 自ら食を断ち 憤死せり」は、なんともいえない切なさと悔しさと虚しさでいっぱいになりました。

私利私欲に走る政治家が目に余る現代において、歴史に学ぶ必要があると思いました。





時田町長から教えていただいたのですが、こちらの巨大な神額は、庄内藩のお殿様から寄贈されたものだそうです。
矢部駿河守公への感謝の気持ちがあふれんばかりの豪華な神額に感動しました。
そして、現在でも、毎年、『荘照居成祭』が開催されていることは素晴らしいことだと思いました。





矢部駿河守公の肖像画が特別に展示してありました。
正論に向って、実直に生き抜かれた素晴らしいお方でした。





こちらは、境内にある『さざれ石』を拝見している萬谷和子専務です。





『さざれ石』とは、国歌の中でも歌われているあの石です!
はじめて本物の『さざれ石』を拝見させていただきました。
萬谷和子専務の隣にいらっしゃる方は、鳥海山大物忌神社前宮司/伊藤眞垣様です。





私は、萬谷和子専務と一緒に『直会』にも参加をさせていただきました。
時田町長と久しぶりにお会いできてとても嬉しかったので、記念に写真を撮らせていただきました♪
『直会』での時田町長のお話しが、とてもいいお話しでした。
庄内藩は、『三方領地替え』の中止のペナルティとして、印旛沼の開拓を命ぜられたのだそうです。
はい!我がご先祖様が書かれた『久松印旛沼日記』に話しが繋がっていくのです!
印旛沼の開拓は失敗に終わりましたが、その時の技術を生かして、今の『日向川』の整備が出来たのだそうです。
ちなみに、時田町長曰く、「国交省の資料を調べてみたら書かれていた事実」とのことです。
歴史の偉大さに感動させられますね!





『随神門』は、『国登録有形文化財』に指定されていました。
もっともっと書きたい事がいっぱいある神社なのですが、きりがないのでこの辺で。

この度は、みなさまのおかげで、たくさんのことを学ばせていただきました。
あべさんご夫妻にも、大変お世話になりまして、誠にありがとうございました。
また、お会い出来ることを心より願っております。



<今日の短歌>
いつの世も 正しき思い 天届く
  庄内人 これ知らぬ恥
  
  
   

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Posted by Rico at 23:17Comments(4)NEWS御朱印帳

2014年09月29日

R 御朱印帳はじめました!『天王宮 八雲神社』(酒田駅前)にて初御朱印の巻




『Rico's Room2』へ、ようこそ♪kao2icon23

尊敬するYさんから、『御朱印帳』を拝見させていただいたことがきっかけで、私も、これから、御朱印の収集を楽しんでみたいと思い、神々しい『御朱印帳』を購入しました。

今は、『御朱印帳』をネットで検索するとシンプルなものから可愛いものまで、デザインが豊富に揃っているので驚きました。
若い女性にもちょっとしたブームのようです。

御朱印とは、本来、参拝者が読経や写経によりお経を寺院に納め、祈願した証しとしていただいたものでした。今では、御朱印代(300円程度)を納めると、参拝するだけでほとんどの寺院や神社で頂けるようになりました。

私と母は、「もうちょっと早くに、この『御朱印帳』のことを知っていたら、今年行った、熊本城『加藤清正神社』の御朱印をいただくことができたのに、悔しい!」と口を揃えて残念に思っています。

後悔先に立たず!これから、この『御朱印帳』にどんな御朱印をいただけるのか楽しみにしたいと思います。
というわけで、当ブログのカテゴリーにも、『御朱印帳』を追加し、これから、寺院や神社の情報を記録していきたいと思います。





2014年9月26日(金)
記念すべき第一号の御朱印は、『天王宮 八雲神社』(酒田駅前)から頂戴することにしました。
私の家から一番近くて、しかも、毎年7/15のキウリ天王祭では、三年続けて、私は、演奏をさせていただいて、大変お世話になっています。
それから、昨年、拝殿御屋根葺替工事の際に、ご寄付をさせていただきました。
この屋根の銅板のどこかに、私の名前を刻んで下さっているのだそうです。
そんなお話しを後からお聞きして、そのお気遣いを大変ありがたく思いました。

生まれ変わった神社拝殿が神々しく輝いていました!icon12





新しく生まれ変わった『八雲神社』さんから、最初に御朱印をいただけるのが嬉しくてたまりませんでした。
真新しいヤマタノヲロチ退治の彫刻がお見事でした!

『御朱印帳』をお願いすると、「毎年、演奏していただいて、ありがとうございます!みなさんが大変喜んでいますよ」と私の顔を見て、すぐに声を掛けて下さいました。
「あ〜、やっぱり、『八雲神社』さんからスタートした良かった」と思いました。





『御朱印帳』を書いていただく間に、境内を見渡してみると、ご祈祷をされいらっしゃっている車が2台もありました。
平日でも、予約なしで、こうして気軽に車のご祈祷をしていただけることを初めて知りました。
今年、羽黒山ご縁年ということで、車両のご祈祷をしていただきましたが、近所の神社でもやっていただけるとは驚きました!






はい!こちらが、頂戴した『八雲神社』の御朱印です!
輪切りしたキウリをデザインした家紋が立派な御朱印ですね。
思い入れのある神社のためか、御朱印をいただいて、とてもとてもありがたかったです♡
やっぱり、立派な『御朱印帳』を用意してよかったと思いました。


天王宮 八雲神社 御由緒
社伝に、永禄八年(1565)京都祇園社(八坂神社)牛頭天王の御分霊を観請して天王宮を創建し、酒田内町に鎮座したとあり、別当を文殊院(現宮司家)と称す。
 慶長年中に至り、米屋町組山王堂町に奉遷、爾来幾多の変遷を経て宝暦四年(1754)に外野町(現相生町)開発成就祈願のために現社地に移遷された。その間、領主酒井氏の崇敬篤く度々祈願のことありとも伝えられている。
 明治二年八雲神社と改称。同四十二年境内社稲荷神社を合祀。昭和五年現社殿を造営。昭和六年神饌幣帛料供進神社に指定される。
 昭和五十七年より二ケ年に亘る社殿改築造営工事を完成。昭和六十一年には昭和天皇陛下御在位六十年記念事業として、氏子崇敬者多数の御奉賛を仰ぎ、大鳥居の再建と北門を新設した。
 また、平成二年に参集殿を新設、同十三年には狛犬一対を奉納された。平成二十五年、拝殿御屋根葺き替え工事を遂行、ヤマタノヲロチ退治の彫刻を備えた壮麗な御社殿となった。
 古来より天王宮には瓜科の実をお供えして無病息災を祈願したと伝えられているが、当社も、例大祭には各自キウリをお供えし、そのお下がりを家庭で食すと一年間無病息災に過ごせるという風習が現在も続いている。例年多数の市民の崇敬を受け、通称「キウリ天王様」と親しまれている。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を




<今日の短歌>
御朱印 八雲神社 デビュー
  急に親しみ 感じる不思議
  
  
   

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Posted by Rico at 01:58Comments(4)御朱印帳